東京から宮崎まで列車で移動 / 1 日目(2011 年 3 月 15 日)
品川駅 → 小倉駅 / 東京都港区 → 福岡県北九州市小倉北区
新幹線
小倉駅 → 佐土原駅 / 福岡県北九州市小倉北区 → 宮崎県宮崎市
特急電車
佐土原駅 → 日向住吉駅 / 宮崎県宮崎市
普通電車
-
終点の大分駅に到着した「883系 ソニック」
20 時 07 分 / 終点の「大分駅 3 番線ホーム」に到着した、東九州のアーバンライナー「883系 ソニック」を撮影しました。これから、知人Fの自宅がある「日向住吉駅(宮崎県宮崎市)」まで、特急電車「にちりん」に乗車して向かいます。 -
夜の「大分駅 2・3 番線ホーム」
20 時 09 分 / 「にちりん」到着を待っている間、夜の「大分駅 2・3 番線ホーム」を撮影しました。 -
夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ現れた「783 系にちりん」のヘッドライト
20 時 10 分 / 夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ現れた「783 系にちりん」のヘッドライトを撮影しました。右側には、隣のホームへ停車している東九州のアーバンライナー「883系 ソニック」も写っています。 -
夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ到着した「783 系特急電車にちりん」
20 時 11 分 / 夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ到着したのは「783 系特急電車にちりん」でした。見たことがないフォルムの電車だったので私はとても驚きました。前回(2005 年)旅行した際には、「RED EXPRESS」と書かれた真っ赤な車体の「485 系特急電車にちりん」に乗車したため、今回も似たようなデザインの電車が来るものだとばかり思っていたからです。※私がいつも乗車していた特急電車が「485 系」であることや、今回乗車した電車が「783 系」であることは、この旅行が終わった後、インターネットで情報を検索してみて初めて知りました……。 -
夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ到着した「783 系特急電車にちりん」の車内
20 時 13 分 / 夜の「大分駅 3 番線ホーム」へ到着した「783 系特急電車にちりん」へ乗り込み、誰もいない車内を撮影しました。文字通り貸し切り状態でした。これから、知人Aの自宅がある「日向住吉駅(宮崎県宮崎市)」まで、「783 系特急電車にちりん」で向かいます。 -
夜の延岡駅に展示されていた手作り看板「ありがとう。日豊線を駆け抜けた485系」
22 時 19 分 / 約 2 時間後、私が「大分駅 3 番線ホーム」から乗車した「783 系にちりん」は、「延岡駅」へ到着しました。発車まで時間があったので、私は一旦電車を降り「延岡駅のホーム」周辺を散策してみることにしました。そこで「延岡駅の 1 番線ホーム」に展示されていた手作り看板「ありがとう。日豊線を駆け抜けた485系」を見つけました。 私はその時初めて、これまで乗車していた特急電車にも型番があることに気が付き、それがもしかしたら 485 系かもしれないと思いました。そして、「ありがとう」というメッセージから、あの特急電車はもう引退してしているのかもしれない、何れにしても帰ったら調べてみよう、と思いながら記念に看板を撮影しました。 -
「高千穂線 延岡駅」跡
22 時 20 分 / 発車までの待機中に、2008 年に廃止された「高千穂線 延岡駅」跡を撮影しました。敷設されていた線路が完全に撤去されていたので、ものすごくショックを受けました。懐かしむことすらできない……。文字通り「浦島太郎」状態でした。私は東京に憧れそして現在も東京に住んでいる人間ですが、昔の地元を懐かしむ気持ちが、ずっと地元が嫌いだった自分の中にも残っていたことにとてもとても驚きました。 -
夜の「延岡駅 1 番線ホーム」に停車中の「783 系にちりん」
22 時 21 分 / 発車までの待機中に、夜の「延岡駅 1 番線ホーム」に停車中の「783 系にちりん」を撮影しました。 -
夜の「延岡駅 1 番線ホーム」に停車中の、誰もいない「783 系にちりん」の車内
22 時 23 分 / 発車までの待機中に、夜の「延岡駅 1 番線ホーム」に停車中の、誰もいない「783 系にちりん」の車内を撮影しました。 -
「783 系にちりん」車両間貫通路のドア
22 時 50 分 / デザイン(色使い)が斬新だと感じたので、「783 系にちりん」車両間貫通路の真っ赤なドアを撮影しました。
その後、「日向住吉駅(宮崎県宮崎市)」で下車し、知人Fの自宅に泊まりました。